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3月4日 DP1入手せり使用して1日なので、まだファースト・インプレッションという感じではあるのですが...
1. 発売初日に、フードも予備電池も出荷が間に合わなかったというのは如何なものか? フードが無いと、レンズ保護フィルターが装着できないとのこと...早く出荷してくださいね!>SIGMA殿...
2. 手の大きい私としては、手で握ったグリップ性を考えたボディ形状であって欲しかったな、と思うのです。東急ハンズで黒い硬質スポンジを買ってきてカメラボディに合わせてカット、貼り込んでしまおうと思っています。
3. 電源ボタンを押すとレンズが電動でせり出してくるのだけれど、レンズキャップ(これも多くのデジカメのようにシャッター式でレンズプロテクションが開く方が良いのに)を外して電源をONしないと途中でロックしてしまう。
4. キャップがこれまた両脇から摘むのかと思わせるような突起があるのだけど、たんに引っ張るだけという設計にはNikkorのレンズキャップに慣れ親しんできた自分の指が馴染んでくれない...というわけで、ポケットから出して片手ですぐ撮影というわけにはいかず、焦りながらキャップ外す、キャップをポケットに入れる...その前に電源スイッチを押すとレンズ鏡胴がぶつかって、立ち往生...
5. LCDの保護シールは出荷時の保護用なので、2.5インチの汎用プロテクションシールを購入しなかったお客様はLCDパネルに傷があると返品しにきた事例があるとか...
6. レンズがf4でISO感度が800が最高値、AUTOではISO200までとは....ノクチの50mm/f1.0やノクトン・クラシックの35mm/f1.4はたまたD3のISO6400を堪能してしまった私には、DP1の28mmF4で、室内のシャッタースピードが1/8あたりでウロウロしているのは撮影条件として??? GRデジタルIIのユーザーは結構暗い場所でもフラッシュ無しで撮っていたようなのに....どうしたDP1!!
7. 液晶パネルのファインダーは、やはり私には向いていないのかも...最近M8用のピンが薄いレンズを使いこなすにあたり、左の目にピンを合わせるかそれとも右目か、鼻スジかを瞬時に判断して、フォーカスリングを操作するのではなく、自分の体をカメラごと前後に動かしてピンが来たところでシャッターを押す、というレンジファインダーの撮影技を身に付けたばかりの私にしてみると....液晶でピンが来ていると思ってシャッターを押したのに、ピンボケになるのはちょっと我慢ならない(これは、自分がDP1を使いこなせていないだけの話なんだけれど..)
8. ボディの質感とデザインは、10万円の商品のソレではないような気がする...デザイン以前の問題として、、ボディが厚いのでポケットには入らないよ、これっ...
ちょっと手厳しい意見ではありますが...誰が撮ってもそこそこ綺麗に写ってしまうデジカメではなく、「こいつを使いこなすのは、大変だわぁーっ」と感じるDP1..いつかは手なずけてみせるぞーぉ、と心に誓うのでありました。このボディに搭載しているフォビオンという受光デバイス、実はマイクロソフトの研究所も深く関わりを持ったブツでもあるので...なんとか使いこなしてやりたい、と思いつつ...実は、容姿に惚れて付き合い始めたら...とんでもない性格であったという女性と恋に落ちたような...目眩と戸惑いを感じるのでありました。
では、ふるかわでした 12月16日 垂涎のハッセルブラッドそしてSinarのデジタルカメラその昔、中学生/高校生の頃から写真を撮っていた時には父親から譲りうけたアサヒフレックスIIかニコマートELを使っていました。当時は、渋谷を経由して通学していたので、学校帰りに渋谷の東急名画座で100円、もしくは全線座で奮発して350円にて3本立ての映画を観てその後「カレーのいんでぃら」にて"エビめし"を食し、近くのカメラショップに訪問するのがお決まりのコースでありました。そのカメラ屋さん、名前を思い出せないのだけれどハッセルブラッドの正規代理店で当時より500CやCM、EL、SWCや各種レンズがショウウィンドウを飾っており、それこそ穴が開くほど見つめていたものでありました。たぶん、当時の大卒初任給は48,000円とか65,000円という時代で、レンズ付きのセットで80万円から160万円もするカメラなど....一生かかっても手にすることはできないモノなんだろうな、とため息が出るばかり....月着陸のアポロ11号にも搭載され、宇宙飛行士が月で撮影したカメラがハッセルブラッドの特注品で、それを記念したグレーに塗装した「アポロ月着陸記念のハッセル」なんてものがショウケースに飾られているのを何度見に行ったことでしょう....(ハッセルに関するコラム、その1、その2、その3)....その後NikonのF2フォトミックを長年使い倒し、アルバイトをしてなんとか6x6版のカメラが欲しくて、ブロニカECにたどりつき、ニッコールレンズの75mmや135mmを愛用していたのですが...人生、いつかはハッセルブラッドを手にする日を夢見ていました。 その後、30年近くの月日がたつと、500CMセットが中古価格で20万円前後で入手できる時代になってみると、いつしかハッセルに対する興味は少し後退して、NikonF2フォトミックにて35mmフイルムの撮影何千コマ...後Nikon デジタル1眼レフにてさらに撮りまくり、現在はLeica M8とNikon D3でひとまず....終着点かなと思っていたのです。
この手の大判カメラ用デジタルバックはデンマークのPhaseOne(Pシリーズの最高機種39MピクセルのP45+は514万円也)や、コダックのDCS645プロバック(6x6生産終了)、ImaconのV96C(165万円也、その後シュリロ/ハッセルの傘下に入りH1DからH3DIIへと続く)、LeafのAptus17から75Sは645版や大判のカメラにフィルムバックの代わりに装着することが可能です。国産でもマミヤやFUJIも出しております。いずれも価格は150万円から500万円でプロ用の機材の範疇で、1日レンタルしても5万円から7万円とか.... 渋谷のカメラ屋さんのショウウィンドウに顔を付けてドキドキしていた頃のあの気持ちが蘇ってきました。斎藤由多加さんのメールにそそのかされて、私は「500CWD、H3DII、Hy6...」と念仏を唱えながら毎日ホームページを眺めている今日この頃なのであります。....「んっ、昔も今も大卒初任給月給の20倍かぁ」...私は、一生賢明働いて引退したのだからそんな贅沢をしてもバチは当たらないかなぁ、でもNikonのD3買ってからまだ使いこなしもしていなのに、それは贅沢だよなぁ、ブツブツとまた一人言...カメラと車は永遠の男の子のオモチャなんでしょうねぇ....でもHy6欲しい....でもレンズも高いしぃ... では、ふるかわでした 10月11日 京都にて、姪の結婚式にてカメラマンをする三連休でも、紅葉には少し早いのでそれほどの混雑は予想していなかったのだけ、京都は大変な数の観光客で人の渦、道路も大渋滞...でありました。10月9日は姪の結婚式・披露宴に出席..平安神宮会館にてポートレート・カメラマンをしてきました。ヘリからの空撮と違って命の危険は無し...しかしながら結婚式・披露宴の一連の流れの中でスケジュールに沿って撮影をしなければならないし、プロのカメラマンの撮影の邪魔もしたくないので、、、隙間をぬってスナップ撮影を心がけました...とはいえ、どでかい機材にビックリされていた列席者もおられたかな...その機材とは...
ストロボの角度を上や斜め上に向けた間接光を使うバウンスも有効ですし、デフューザーを使って光を散光させることも効果があります。LumiQuestから販売されているULTRASOFTを利用してストロボ光を拡散させるだけで、嫌なギラツキや汚い影を押さえることができます。最近のカメラに内蔵したストロボの場合にも、LQ-051は、お手頃な価格でスナップ写真の品質を一挙に変えてくれます (紹介記事) 合わせて、クリップオンタイプの外部ストロボ(カメラの上部にあるストロボ装着用のコレクターシューを使って接続する)をカメラに直接接続せずに、カメラの上部にストロボを位置させるFlash Brackets (商品名FlashFrame)を利用することによってより自然な光を当てることができます。 今回はさらにスタジオでも使うソフトボックス(ストロボなどの発光器を入れた反射ボックスに乳白色の散光幕の付いたもの)の小型(Lite Dome by PHOTOFLEX)を持ってメインの光源としました。 カメラに繋いだストロボは天井に向けた補助光とし、屋外ではカメラからの信号をリモート・ストロボに伝送するコマンダ代わりに1/2から1/3ほどの光量で発光させます。 NikonのSB600というスピードライト(ストロボ)を2台利用して、ワイヤレス増灯によって2つのスピードライトを同時発光そしてTTL自動調光しています。カメラ上部の一台は、マニュアル1/3でソフトボックスの方を調光モードに...これを、ニコンクリエイティブライティングシステムと呼びます。 その結果、綿帽子の被る影が顔にかからずに、白無垢の文様が際立ち、若干下から煽った光によって瞳の反射が斜め下(つまり、少女マンガのお眼目ピカピカ状態を斜め下に光らせる)にすることによって、今にも涙が溢れてきそうな眼に見えます...なんて効果を試してみました。 一眼レフタイプのデジカメが普及して、家族の写真やポートレート写真を撮影する機会も増えていることと思います。日中シンクロでストロボを補助光にする、デフューザーやソフトボックスを使うライティングによって、一味違う作品を撮影することができます。是非、お試しください... では、ふるかわでした 7月30日 探していた人心の片隅に残っていながら、毎日の仕事が忙しくてできなかったことが沢山ありました。仕事を辞めて、日常のリズムが少し変わってみて、初めて長い間探していた何かに偶然出会うことができるようになりました。今日はそんなお話を..
星野道夫さんという、8年前にカムチャッカ半島でのヒグマの事故で亡くなられたカメラマン..新潮社から「星野道夫と見た風景」という素敵な追悼録と写真集を青山の本屋さんでみつけました。
シアトルのマイクロソフト本社には、 入社前に多様な経歴の持ち主が沢山いて、コンピュータ・サイエンスに全く関係無い世界のプロフェッショナルたちがすぐ隣で仕事をしたりしていました。 私がシアトル本社滞在中に懇意にしていた、Charles Mauzyという友人、過去の経歴は極めてユニークです。 彼がまだ中学生の頃自宅にアンセル・アダムスが遊びに来ていたとか、20代はロック・ミュージックのアーティストの写真をステージ上で撮っていたので耳が難聴になってしまった、という話などには枚挙にいとまなしという状態です。 その後、アラスカの自然や動物の写真を沢山撮りナショナル・ジオグラフィックスやForbesなどに掲載されたそうです。 一緒に東京を歩いていた時に、マイルドセブンの氷河の写真が大きく青山通りの広告塔に掲示されているのを見て、「あれも僕の撮った写真なんだ」と伝えられてビックリした覚えがあります。 彼は、次世代Windowsに搭載されるデジタル・イメージング技術の方向性を社内で企画したり、それを実現する社外のパートナー企業との提携などに関わる仕事をマイクロソフト本社でしています。
そのチャールズの口から度々出ていた名前が、日本人の写真家で友人でもあった“HOSHINO-SAN”のことでした。チャールズもアラスカの写真を沢山撮っていて、私とチャールズが二人とも引退した後にはアラスカ撮影旅行を一緒にしよう、私はデンバーの汽車を撮影するガイドをするから、なんて話をいつもしていたのですが..そのチャールズの友人でもあった“HOSHINO-SAN”が亡くなった話を聞くにつけ、どのような写真を撮っていた方なんだろうといつも気になっていました。 今日、青山の書店で2時間くらい散策をして見つけた本が前述の「星野道夫と見た風景」でした。 ずーっと長い間探していた人にようやく会えたという感じで、本屋さんの中でしばらく茫然自失。お名前が、星野道夫さんであると理解すればインターネットで検索によりそのお仕事の輪郭が見えてきました。そのプロフィールを拝見して彼の作品や著書を手にして、もっと深く知ってみたいと思いました。
では、ふるかわでした P.S. 音楽の話は、来週引き続き投稿予定です。
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