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14 December 私の知っているビルゲイツ、その16「お前は裏切り者だ!!!」とビルゲイツに罵られるの巻 シアトルのこの時期は毎日灰色の空にシトシトと雨が降り憂鬱な天気が続きます。人口あたりの自殺件数が一番多いのがワシントン州であるということがよく納得できるような天気であります。サンクスギビングも終わり、そろそろクリスマスのデコレーションが街中に溢れて来ますが、その頃になると毎年思い出すのは、シアトルで開催されていた全社員を集めたクリスマス・パーティのこと…1984年のことです。 シアトルダウンタウンにあるフォーシーズンズ・ホテルは重厚な構えの格式あるホテルで、ロビー階に続く上階にガラ・ルームと呼ばれる晩餐会やパーティをする宴会場があります。 その場所で全社員を集めたクリスマス・パーティが開催されました。当時は全社員といっても1000人以下でしたので、現在のように競技場や野球場を借りなくても全社員が一同になってパーティなんてことが可能な企業規模でありました。たまたま、その時期に出張でシアトルを訪れていた私は、マイクロソフトの社員ではなく、代理店のアスキーマイクロソフト株式会社の副社長兼アスキーのソフトウェア開発本部の本部長という立場でした。そのマイクロソフトのクリスマス・パーティで皆と一緒に歓談をしている時のことです。ビルゲイツは私の顔を見るやいきなり近づいてくるではないですか..こちらとしては、今年の営業成績も全世界でトップクラスであり、日本のメーカーとの関係も極めて良好であったので、一年の苦労をねぎらってくれるのかな、褒められちゃったら嬉しいなぁ、などと思っていたらビル君私の方に向かって歩いているうちにドンドン顔が険しくなってきています。ついにビル君の顔と私の顔は30cmを切る距離間で睨み、いきなりビル君曰く「この裏切り者め、全て知っているのだぞ、オマェはMSの戦略に反してUNIXの日本語化などしているだろう!!!」 古川:「おいおい、バークレィ版のUNIXとMSのXENIXは日本語化しているけれど、マルチタスクマルチユーザーの要求はMS-DOSではカバーできないからやっているだけのことではないか?そのビジネスはマイクロソフトにとっても補完関係にありむしろMS-DOSを個人のターミナルとして企業で使えるようになり結果としてプラスになるではないか!!」 ビル:「…そういえば、インフォミックスもアスキーが代理店になってそれを売り込んでいるそうじゃないか?」 古川:「おいおい、ちょっと待ってくれマイクロソフトにはRDB(リレーショナル・データベース)が無いんだから、しょうがないだろう。RDB無くしてどうやって業務システムを構築するんだ?」 ビル:「俺たちには、カシミア(ACCESSの開発コードネーム)」がある、何でそれを日本語化して使わないんだ?」 古川:「それは、カード型もしくは表形式のデータベースだろ、おいビル君RDBって何か知っているんだろう!!」(注:その頃はdBaseII、R:Base4000とinformixが全盛でオラクルもSQLサーバーも登場していなかった) ビル:「…そう言えば、日本ではマイクロソフト・ワードの日本語化もしないでジャスト・システムからライセンスしたJS-Wordとか売っているという話を聞いているぞ!!!」 古川:「英語のワープロは日本語ワープロと入力方法も編集方法も文化が全く異なるのだぞよ…未だにマイクロソフト製のカナ漢字変換をMS-DOSに標準添付できない状態でどうやって日本語ワープロを提供するんだい?MS-DOS上の日本製アプリケーションの普及のためにもアスキーから開発援助をして日本のソフトメーカーにワープロを作ってもらってなぜ悪いんだ? 全く同じようにワードの開発チームにも日本語対応の打診はしたけれど、開発人員が足りないだの、日本の市場のためだけに特別なことはできないだの、という理由を聞かされたので、日本の開発メーカーに日参して開発を進めてもらっているんだ、それが結果としてMS-DOSの市場を育てていることになるではないか!!!!」 ビル:「お前の言っていることは、みんな言い訳に過ぎない、UNIXの件も、インフォミックスも、JS-WordもMSに製品があるのにそれに対抗する商品を担ぎ出している裏切り行為だ!!!」 古川:「ちょっと待ってくれよ、この数年のMS-DOSの成功とアプリケーション市場の開拓、ビジネス規模の拡大と、どれだけの成果を日本で達成したと思っているんだ? それを裏切り者扱いかい???」 ビル:「もう聞きたくない、とにかくこの場から消えうせてくれ、シアトルの地には二度と足を踏むな、それだけだ!!!」 というピッチで、今思いだしても涙がチョチョギレそうなほど、打ちのめされてシアトルの街頭に放り出されてしまったのです。当時ビルゲイツの秘書をやっていた、ビッグママこと”ミリアム・リュボウ”が、「サム何があったのか知らないけれど、アンタがマイクロソフトを裏切るようなことをするわけないわよね、私は分かっているからね..でもビルもああ言い出すと止まらない性格だから今日の所は引いておいたほうが良いかもしれないわね」 といわけで、シアトルダウンタウンのクリスマスのイルミネーションが付いた町並みを、涙で顔をグチャグチャにしながら雨の中を歩きまわり、家路についたのでした。 そして、ほぼ2年の間シアトルを全く訪れることなく、それこそ私は絶縁状態になってしまったのです。何でそのような誤解が発生したのかはともかくとして、その間2年間は西和彦さん統率の基にマイクロソフト本部が運営されMSXなどを推進..私は、UNIXやインフォミックスの日本語化以外にCANDY、InkPot、A1優、マルチプラン、マウス、JS-Word、TeXを活用した組版システム、社内業務システムの構築などに取組んでいました。 仕事の上でのすれ違いで、自分が裏切り者扱いを受け、米国の全社員の前で罵られるなんて経験をして、私はいつか対抗してやっつけてやるという考えではなく、いつか誤解が溶けて向こうから謝ってくるもしくは私を必要とする時代が来るだろうと淡々と仕事をしていました。自分の人生、何もかも旨くいった訳ではなく波乱万丈でもありました。現在自分の仕事が旨くいっていない、自分を活かせていないと思っている方…私の場合だってそんなジレンマで悶々とする時代もあったのですから…ドンマイですよ!! でも、ビルゲイツと30cmの距離で、「お前は裏切りものだぁ!!!」て罵倒されるのは、自分の経験したことのあるどのジェットコースターよりも、スリルのあることであったのは、まちがいないっ!!! では、ふるかわでした 添付写真、今日の夕陽 回應 (11)
享(サム本人)
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