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22 December

坂本龍一さんのコンサートに行ってきました

昨晩は、坂本龍一さんのコンサートを堪能してきました。東京国際ホールのホールCで開催された「坂本龍一 PLAYING THE PIANO /05」は、2005年9月に発売されたCDアルバム「/05」を生で拝聴するという至極の夜でありました。
http://wmg.jp/artist/sakamoto/index.html

今回のピアノソロとしては6年ぶり、[D&L]という全国ツアーで日本各地でコンサートをした年から10年目の全国コンサート、10年前のまさしく全国ツアーの会場で坂本龍一さんに初めてお会いしてから既に10年の月日が経ってしまいました。 当時Windows95の発表会の数ヶ月前、Windows95のデビューイベントに各業界で活躍されているトップクラスの方にWindowsへの支援メッセージをいただこう、できれば発表イベントに出演いただこうと思い、候補に挙がったのが教授こと、坂本龍一さんでした。教授はその時すでに音楽制作、個人の環境としてMacの使い手として有名で18台ものMacを個人で歴史的に購入されそれこそ使い倒しておられました。私たちがその当時考えたことは、Macのデビューにあたりスティーブ・ジョブズ殿が自ら出向き世界初のエバンジェリスト(伝道師)と呼ばれたマイク・ミューレイと共に全米を行脚し、あるときは高名なニュース・キャスターに、ある時は政治家に、そしてローリング・ストーンズのミックジャガーやマドンナに直接Macを使ってくださいと口説いて廻ったという伝説を聞いていました。もちろん、MS-DOSはそれなりの市民権を得ていながらも,Windowsが本当に広く一般の方々に認知を受ける前に仕事も個人としてもMacを使っている有名人に、Windowsに乗り換えてもらう、もしくは少なくともWindowsもそこそこやるじゃない、と一言頂きたくて、ありとあらゆる方々にアプローチしました。そんな時代背景で個人的な人脈が出来たのが1995年のことであります。

とは言っても、私は坂本龍一さんに一面識も無く交渉人や広告代理店からの依頼で「いくらのギャラで出演を依頼します」などというアプローチで出演をOKして頂く関係ではない、とにかく本人に会って自分の意思、会社としての方針、何故坂本さんに依頼しているのかを理解して頂こうと「追っかけ」をしました。まず、D&Lのコンサート前に坂本さんのありとあらゆるタイトルを聴き、個人としての思想背景を勉強し、東京公演を拝聴しました。楽屋に挨拶に伺い名前と趣旨を告げると「あっ、そう」とつれないお返事…後から分かったことですが、この当時の坂本龍一さんのマイクロソフトに対するイメージは「悪の帝国=マイクロソフト、その手先である古川はダースベーダー」というものだったそうです。そういう予見がありながら、私も坂本龍一さんは個性が強く、好き嫌いがハッキリしている人だから、アプローチしても言葉を交わしてもらうまでに大変な努力が必要だよ、と助言を受けていましたので緊張しまくり…タレントさんの楽屋に伺うなんてことも初めてでしたし..とにかくその場は、会社と私の名前をお伝えするぐらいで話は終わってしまいました。その場を去ってからどのように、「Windowsを認知してください、発表イベントに出席してください」と口説けばよいのか途方にくれておりました。その後、仙台と札幌の公演にも仕事を終えてから駆けつけ、何かのタイミングで使っていたマシンの具合が悪くなり私が楽屋の階段でマシンのセットアップを試みてお渡ししました。そうそう、当時一緒にコンサートをしていた原田大三郎さんが仕込んできた「IBMのウルトラマンPC」、
http://www-06.ibm.com/jp/ibm/ibmtopics/year_1995.html
教授もどれどれと興味を持って斬新なIBM PC110を見ておられたので、 やはり最先端のマシンを一台仕込んで使ってもらおう…それもWindowsそのものではなく、Windowsの上で動くInternet環境を..)と考え、当時一番クールなマシンであったDECのHiNote Ultraを私が個人で購入して持ち込みました。仙台でも札幌でも、コンサート後の打ち上げにもむりやり参入、調子の悪いマシンの再セットアップをある時は楽屋で、ある時はマシンをお預かりして宿泊先のホテルで徹夜で再セットアップ翌日お渡しするなんて努力が、何とか受け入れられて、「古川さんって、会うまでダースベーダーみたいな人かなと思っていたけれど、いい人じゃない」とまで覚えて頂けるようになりました。

そんな努力の甲斐あってWindowsの発表会、秋葉原に大きなビルが建つ前の青果市場跡に巨大な駐車場があって、そこの設営された特設ステージで坂本龍一さんをお招きしてWindows95の発表会をしたのでした。その当時は、Macファンに「裏切り者サカモト」とまで言われちゃいましてね、なんて話を今年夏のコンサートに伺った時にzeppのステージで10年前のことを教授自ら語っておられました。
その後も、私の意図は単にWindowsを担いでもらおうなんて短絡的な話ではなく、当時教授のコンサートで実験的に始まったインターネット中継に慶應の村井先生やWIDEの皆さんと一緒に裏方になって支援をしたりという永いお付き合いが続いたのでした。数年たって、「f」というコンサートをフルオーケストラと教授の競演という趣向で敢行したときには、NTT殿から衛星電話用の回線を借り受け、当時の高速回線はISDNの64Kbpsが個人用としては最速で、256Kbpsや512Kbpsなどの専用線を利用したデータ回線は事前の申請と施設に数ヵ月かかり月額2から300万円もかかったという時代(今なら、100Mbpsの光が3000円/月、以下なのに)とにかく全国に中継をするために30Mbpsの衛星回線(NTTのNStarという衛星電話用で、実験のためにただで貸してもらう交渉などを私が担当し、その代わり当日自然災害など日本のどこかで発生した場合には貸し出しはキャンセルという条件付き)を利用し全国に音声、映像を複数のコーデックで同時エンコードし中継をしたのでした。
その当時から教授はYAMAHA製のグランドピアノを打鍵部分とハンマーの間を分離してMIDIでのデータを取り込めるMIDIピアノを使っておられたので、そのMIDIピアノのデータを通常の音声や映像と同時に中継しようという試みをしました。(このピアノは、今回のピアノ・ソロコンサートでも使っておられます。)
せっかくのピアノ演奏を、MIDI信号からMIDI音源(電子的なピアノ音発生)で再生したのでは興ざめなので…(それでもスピーカーから流れてくる当時のインターネット中継の音質から比べるとMIDI音源の音は、素晴らしい音色と技術ではあったのですが…)私たちが堪能したかったのは、生のコンサートの息吹と熱気をそのままネット経由で中継できないか?という試みでした。これまた、当時流行りだしたインターネット・カフェが西麻布の交差点近くに「ひらまつ」さんの実験店舗としてオープン、その地下にパーティでもできそうなサロンがあったのを思い出し、フレンチの巨匠平松氏に教授のコンサートをするので場所をタダで貸してください、とまぁ無理難題をご提案しかけたところ気持ちよくご提供をいただいたのでありました。さて、その当日YAMAHAさんから到着したグランドピアノは地下室に搬入されるは、直径10m以上ある巨大アンテナはひらまつの本社ビルに設営されNTTの衛星中継技術者から慶応大学の学生さんまで総動員でコンサート中継に望んだのでした。この日は、世界初の映像、音声、そして生ピアノのデータを遠隔地に飛ばして生ピアノの演奏を間近で鑑賞する(私たちは、「透明人間サカモトの演奏を間近で楽しむ宴」なんて呼んでいました。)段ボールの芸術家、日比野克彦さんは、「古川さん、僕には技術的なことサッパリ判らないので、何か協力できることない? そうだ、みんなで使えるゴミ箱作ってあげるよ」と会場に芸術家日比野克彦作の護美箱まで並んだのでした。私は私で、ネットの技術者でもないので、受信した映像データと音声を各フロアに最良の方法で分岐、分配するための映像ケーブルの引き廻し(この日のために30mどころか100m引き回しても暴れないビデオアンプとスペースシャトルでも使っているカナレ社のビデオケーブルを自宅から持ち込みビデオ配線していました。招待された各界の名士たちは「古川さんってば、出入りの配線業者さんかと思えばマイクロソフトの会長が自らケーブル張ってんの?こんなところで? どうした、マイクロソフトを首にでもなったのかい?」と言われながらも世界初の音声+映像+生ピアノのインターネット中継に私も裏方の一人として夢中になっていたのであります。

コンサートが始まった時に、日比野さんはお茶目にもピアノの椅子に座って、あたかも透明人間サカモトと連弾をしているマネをしてみたり、お酒のグラスを持ったままグランドピアノの下にもぐり込んで、自宅のピアノで坂本さんに弾いてもらいながら至福の時間を堪能しているみたいだと、皆さんがそれぞれにインターネット中継を楽しんだのでした。本当にビックリしたことはスピーカーやビデオ画面では味わえない会場の息吹や熱気が眼の前にあるグランドピアノが横浜の会場にあるステージと全く同じエネルギーで打鍵され、ハンマーが叩かれ、教授が踏みしめるフットペダルまで踏み込まれている一台のピアノを見ていると、コンサート会場での観客席では味会うことのできない何かがネットを通して伝わってくるのだと世界初の体験をしたのでした。

素晴らしいコンサート中継を経験し、機材の撤収作業がひと段落着いた後、手伝ってくれた慶応大学の学生さん、村井先生、各会社から個人で駆けつけてくれた日本のインターネットの草分けを支えた人たちを全員引き連れて焼肉屋さんんで大宴会…私個人で払ったレストランの飲食費1回分で多分最高記録!! もうお肉の在庫がありませんというほど食べつくして午前2時を廻ったころ、携帯電話で坂本龍一さんから「西麻布の中継も大成功だったと聞いているよ!!!、今からそちらの打ち上げに参加するから」との連絡が入り、教授はコンサート会場での打ち上げを早々と切り上げ、なんと横浜アリーナから西麻布の焼肉屋さんまで駆けつけてくれました。中継に関わった全ての人たちは、お腹が一杯になっただけではなく、その成果を皆で分かち合えたことに心まで満たされていました。
坂本さんは、その後2時間ばかり皆との会話を楽しみ、もう朝が明けてしまった西麻布の交差点で散会となりました。

とにかく寒い夜だったので、坂本龍一さんはフカフカのダウンジャケットを着ていたのですが、西麻布の交差点で私と向かい合うなり大きな手を広げていきなり抱擁、ハグハグされてしまいました。そして私の耳元で教授ってば、「古川さん、僕は40歳を過ぎてから友達と呼べる人がもう一人増えるとは思っていなかったよ!」とのお言葉、こんなセリフを耳元でささやかれてご覧なさいな…もう私は目を瞑って、「教授、どこまででもお供します」って気持ちになってクラクラしてしまいました。きっと私が女性だったら、このままお持ち帰りされてしまうのだろうなぁ、と思わず考えてしまいました、はいっ..やはりネット経由ではなく、生の教授が最高!!って感じかな、このハグハグと耳元でささやくというのは、ネット経由では無理だもんなぁ、と思った次第...

そんな背景ですので教授のコンサートに伺うと観客席に座っているだけではなく、私はいつも熱い視線になってしまうのでありました。昨日もコンサートが終わって楽屋に伺うと教授から「古川さん、お久しぶりでもブログ見ているから何しているかは、知っているよ」のお言葉に私は恐縮至極…マイクロソフトの立場は離れたけれど昔のインターネット中継のノリで皆の力を結集してまた何かをしてみたいと思った夜でした。

白状します。
では、ふるかわでした
のくだりは、坂本龍一さんの個人メールの最後にいつも書いておられる
「では、さかもとでした」をパクッた表現なのでした。教授すみません、無断盗用でありました...

では、ふるかわでした

回應 (6)

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たきざわ 撰寫:
ふるかわさん、こんばんは。
私は22日の公演に行ってきました。やはり教授は最高ですね。
ふるかわさんと教授のつながりのエピソードを知ることができて、とても楽しく拝見させていただきました。
今回はふるかわさんにお会いできなくて残念でした。夏のzepp tokyoの事でお話したいと思っていたのですが・・・。この場で申し上げるのは失礼と思いますが、私からのメールは届いておりますでしょうか?
12 月 24 日
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駄菓子屋 撰寫:
実際にお会いしたことはありませんが、ブログ、楽しみに観ています。ビルゲイツ君のエピソードもとても楽しいですが、
何より古川さんのお人柄が随所に出ていて、IT業界であろうと、たとえどんな企業であろうと、それを構成しているのが
血の通った人間であり、最後は心と心の問題だな、と改めて認識することしきりです。これからも楽しみに拝見させて
いただきます。
12 月 23 日
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earnest_borgnine 撰寫:
私も広島で坂本龍一さんのピアノソロツアーを聴きました。
いまだに感動を引きずっています。
作曲家でもあり、プレイヤーであることを見せつけられた、ほんとうにすばらしい演奏でした。
どこもでもやさしく、ゆっくりと、静のなかにものすごく強い気を感じました。
個人的に「Seven Samurai - Ending Theme」「Theme for Roningai」などがピアノソロで聴けたのは
涙ものでした。古川さんはどんな曲がお好きですか?

それにしても・・・古川さんてほんとに素敵な方ですね!
12 月 23 日
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okoku 撰寫:
はじめまして、時々読まさせて頂いております。
今、個人でコンピュータのドキュメンタリー映画を製作してるのですが、取材で一人探してる方がいます。確か大阪大学の教授で、コンピュータが専門で、20年以上前にここにマイクロソフトを設立したばかりのビル・ゲイツが来て、この教授が開発したソフトを500㌦で買ったらしく、そのソフトが後のウィンドウズになったというのを10年前のTBSの番組「報道特集:ビル・ゲイツになれなかった男」と云う題で放映されてました。これって本当なんですかね?もし宜しければ、古川様にも協力頂けたら...なんて思ってます。
坂本さん、私も小学生の頃から聴いております。あの人の曲はいつの時代も全く褪せないですね。
12 月 22 日
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yoshi 撰寫:
この寒い中心温まるエピソードですね。しかし、すごい!熱意は伝わるものですね。
「では、ふるかわでした」がオリジナルではなかったとは...(笑)
12 月 22 日
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森川 撰寫:
「女性だったら、このままお持ち帰りされてしまうのだろうなぁ」に大爆笑してしまいました。(^_^)

そこまでではないにしても卒業式の際に古川さんに握手していただいて、すごく高揚したことを糧に日夜お仕事に取り組んでいます。心を揺さぶられるような感動が人間を動かしているのですよね。
12 月 22 日

引用通告

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